Novel(百物語)
02ten

穴の中

ここはみどり保育園。
ビルの間にある小さな保育園です。
おや、赤や黄色、緑の帽子をかぶった子どもたちが出てきましたよ。
みんなきちんと並んで、先生と一緒に歩き始めました。
大きな乳母車に乗った、赤い帽子の子どもたちも楽しそう。
そばを通るおじさんたちもニコニコして見ています。
さあ、大きな交差点に着きました。車がたくさん走っています。
「隣りのお友だちと手をつなぎましょう。走っちゃだめですよ」
先生が振りむいて、大きな声で言いました。
「はあい」
みんな、元気よく返事します。

道の真中で、ショベルカーが工事をしています。
グウォーンと大きな音を立てて土をすくっています。
しゅうくんは歩くのを忘れてみとれています。
ほら、緑の帽子をかぶった、あの男の子です。
ショベルカーの大きいこと。
保育園のおもちゃが全部あのなかに入ってしまいそう。
おもちゃで遊んでいる子どもたちも運べそうです。
「しゅうくん、早くいらっしゃい。早く渡って」
先生の声が聞えました。
「おともだちと手をつながなきゃ、だめでしょ」
しゅうくんはあたりを見回しました。
みんなはもう渡り終わろうとしています。
おばあさんが杖をついてゆっくり歩いています。
しゅうくんは、おばあちゃんと手をつなぎました。
下を向いてゆっくり歩いていたおばあちゃんは、にっこり笑ってくれました。
「まあ、ぼうや、ありがとう」
しゅうくんは片方の手を元気よくあげて、おばあちゃんとゆっくり横断歩道をわたります。
ショベルカーもまだまだたっぷり見ることができます。
先生は怒るわけにもいかず、困った顔をしています。

公園はもうすぐそこです。
ここでも、工事をしています。
ヘルメットをかぶったおじさんたちが立ったりしゃがんだりしています。
「そっちはどうなってるかぁ」
ひとりのおじさんが、下を向いて大声で怒鳴りました。
何をしているのでしょう。
しゅうくんはおじさんの足の間からのぞいてみました。
おじさんの足の先に、大きな穴があいています。
穴の奥に、梯子のようなものが見えました。
穴の横には、大きな蓋が置いてあります。
しゅうくんがきょろきょろしていると、穴の中から何か声がしました。
ひとりのおじさんが穴の中に太いロープを入れました。
ロープがどんどん引っ張られていきます。
しゅうくんは見たくてたまりません。
「ほらほらあぶないよ」
おじさんは、足元にいるしゅうくんに気がつき、注意しました。
でも、しゅうくんはちっとも気にしません。
穴の中をのぞきこみ、ポケットに入れておいたあめをポンと投げ込んでみました。
「こらあ」
おじさんがしゅうくんのみどりの帽子をつかみました。
しゅうくんは走って逃げます。
気がついた先生がこっちに走って来ます。
「すみませーん。しゅうくん、だめでしょ」

公園に走って行こうとするしゅうくんの手を、誰かが引っ張りました。
見上げると、知らないおばあさんです。
細くて背が高くて、皺のある顔でにこにこしています。
「こっちこっち」
おばあさんはしゅうくんの手を引っ張ります。
おばあさんの足の速いこと速いこと。
かけっこの得意なしゅうくんもひっぱられるほどです。
みんなはもう、公園で遊んでいます。
滑り台にブランコ、鬼ごっこ。
おばあさんはしゅうくんの手を引いて、ブランコの後ろの木のそばにつれていきました。
木の根元に大きな穴が開いています。
しゅうくんはのぞいてみましたが、この穴には梯子はかかっていません。
ふたもありません。
おばあさんは
「やっ」
と掛け声をかけ、穴に石を投げました。
穴のそばには丸くて投げやすそうな石がたくさんありました。
「おもしろいよ、やってごらん」
しゅうくんも石を拾ってなげてみました。
穴の底でカツンと音がしました。面白い遊びです。
もう一度投げると、コツンと音がしました。
何度も投げていると、ほかの音も聞こえてくるようです。
しゅうくんは石を手にしたまま、耳をすませました。
カツン いたい
コツン いたい
小さな声ですが、何か聞えます。
穴をのぞいてみるけれど、何も見えません。
おばあさんは相変わらず、元気に石を投げています。
「いたい」
それは、しゅうくんのおかあさんの声でした。
しゅうくんはやめたくなりました。
「やめた」
そう言うと、おばあさんはニヤッと笑いました。
口が大きくなって、顔が猫のようになっていきます
「おかあさん!」
しゅうくんは思わず目をつぶりました。
「いたい」
しゅうくんの頭になにかぶつかりました。

気がつくと、みんながしゅうくんをのぞきこんでいます。
先生も心配そうな顔をしています。
「しゅうくん、ぶらんこ、こぎすぎちゃだめよ」
ぶらんこから落ちたのかな。
しゅうくんは頭をさすりながら思いました。
でも、痛かったのはそのせいではありません。
何があたったのかわからないけれど、もう、しゅうくんは元気です。
「大丈夫、大丈夫」
しゅうくんは元気よく走って行きます。
先生はほっとした顔をしました。
こどもたちも、散らばっていきました。