Novel(百物語)
02ten

海係り山係り

新任の先生は、着任早々PTA担当になった。
PTAとは、子どもための両親と先生の組織だから、PTAの役員は保護者だけではなかった。
翌日のPTA総会の準備のため、先生は会長や副会長の名前が書かれているプリントに目を通していた。
文化部や広報部の後ろに、海係り、山係りとあり、そこにも名前が書いてある。
新任の先生は、何だろうと不思議に思った。
これまでの経験では、聞いたことのない係だった。
島に来てまだ一週間しか経っていない。
島と言っても、かなり大きい。
先生の赴任地は、船が着いた港から険しい山を越えた場所だった。
船の中にいた時間と、港から山越えをした時間はさほど変わらなかった。
山と海の間のわずかな場所に、家が建ち並んでいる。
段々畑と棚田が、大げさに言うと、空まで続く。
どうやって作ったのだろうかと、先生は驚き、石を積む技術に感心した。
何もかもが珍しいことばかりだった。
隣に座っている先生に、遠慮しながら尋ねてみた。
「ああ、海係りは、天草採りの時に応援して下さる方ですよ。」
隣の先生は新学期で忙しいらしく、プリントから顔も上げずに、それでも親切に答えてくれた。
これまでの赴任校ではバザーが行われてきたが、この中学校では親も子どももいっしょに海に潜って天草を採り、資金を集めるらしい。
「ああ、寒天の原料ですか」と若い先生はようやく気がついた。
高い石垣の上にあるとはいえ、中学校の目の前に海が広がる。
見晴らしはいいが、風は強い。
その日も、職員室の窓は開いていなかった。
風を通したいが、机の上のプリントが飛んで行ってしまう。
海係りについては、先生も理解した。
しかし、山係りについては、まだよくわからない。
別の先生に聞いてみたが、「まあ、下草でも刈ったり、山道を整備したりするんじゃないの?」と、回答にはならなかった。
天草の代わりに山菜でも採るのだろうか。
結局、三年後に島を離れるまで、先生は、山係りが何をしているのか、わからないままだった。
翌年は、PTAの担当を外れ、疑問を持ったことすら忘れていた。

ある日、部活を終えた俺に、後輩の一年生が話しかけてきた。
「あにさん、山係りって知っていますか?」
そうか、こいつは山係りを知らないんだと思いながら、俺はまだ小学生のようなそいつの顔を見た。
「知らんよ。どうしてそんなこと聞くんだ?」
「きのう、先生が、山係りってなんだって聞いたから」
「何だろうな、山の係りかな。誰か知っていたか?」
「誰も知らんかった」
「そうか」
三年生で山係りを知っているのは、俺だけだ。
山係りについて、そろそろ下の学年のやつに伝えなくてはいけない頃だと俺は思っていた。
誰に伝えるかは決まっている。
俺が決めるのだ。

学校で渡されるPTAのプリントに、山係りと海係りを担当する人の名前は毎年載っている。
山係りは男で、海係りは女だ。
海係りはここ数年、俺のおふくろが引き受けている。
もともとは、保護者の係りではなかったらしいのだが、以前に比べ、村の大人が少なくなっているからだ。
年寄りには、少々、任が重い。
おふくろは年齢と経験上、ちょうどいいとのことで、PTAの役員だけでなく、海係りの役目も担っていた。
海係りは、天草採りの責任者だ。
みんなが集めた天草を漁協に売って、PTAの活動資金にするのが、ここの学校の習わしだ。
海が荒れていない日を選び、海に潜って天草を採る。
始まるまでは、面倒だと文句を言っている大人たちが、いざ潜り始めると子ども時代に帰ったかのように競い合う。
その様子を、新任の先生方はいつも驚いて眺めているものだった。
子どもたちは、海に籠を浮かべ、親が採ってきた天草を泳いで集める役目だ。まったく勝てない。
中学生は悔しいが、自分の親を見直すいい機会でもあった。
時には、海女さんが飛び入りでやってくる。
おばさんたちは仕事がひまになると、加勢にきてくれる。
海女さんの潜りはほれぼれするようで、親たちがどんなにうまくても、やはりアマチュアの域だった。
「上には上がいるのよ」
かなりうまいおふくろも、海女さんを見てはため息交じりにそう言った。
そうはいっても、おふくろもなかなかだった。
おふくろが自慢する潜りではなく、天草採りの時間配分や、中学生と大人たちをあごで使う陣頭指揮のほうだ。

海係りは、天草採りが無事に終わると、誰からも感謝される。
一方、山係りが学校の先生や村の人から礼を言われることは、多分ない。
まったく知られていないからだ。
だから、村の人は、先生が尋ねたところで、わざとではなく、「何か山の仕事でもしているんでしょう」と答えるに違いない。
PTAのプリントに名前が載っていても、その役目が何かを知らなければ、ただの名前にすぎない。
山係りという存在をうっすらと感じるようになるのは、中学生あたりからだ。
会いに行くのは、学年でもリーダーになるやつだけだ。
山係りは、もめごとが起きたときだけ頼られる。
そのために、代々、山係りという役目を伝える仕組みがあるのだ。
少年たちは困った時に、警察には行かない。
交番もないのだから、当然だった。
もめごとといっても、少年たちの喧嘩が専らだ。
かすり傷ではすまないような怪我を相手に負わせてしまったようなとき、リーダーは山係りに相談に行く。
中学生の説明を黙って聞き、山係りは、簡単な質問をする。
叱責はないが、山係りを相手にすると、中学生でも震える。
「本当にすみませんでした」
それしか言えなくなる。
交渉を引き受けると、山係りは相手の村の山係りに会いに行く。
話し合いにかかる時間は、相談の中身による。
山係りから連絡があるまで、待っている俺は考えるしかなかった。
あそこまでやるしかなかったと思うこともあるし、他にやり方はなかったかと考えることもある。
なぜ、山係りが交渉できるのか、俺にはよくわからなかった。
今になると、簡単に答えが出る。
山係りも、かつては喧嘩の張本人だったからだ。
頭を下げて山係りに会いに行った中学生が、大きくなってその仕事をする。
どこまでが許されてどこからがやってはいけないことなのか、体験がものを言う。
村の男でも、山係りを知らない人間がいるのは当然だった。
ましてや、大っぴらに感謝されるものでもない。

俺は偶然に、海係り山係り両方の人間を知っていた。
おふくろは少々うっとうしく思えたが、それでも海係りの仕事で周りから褒められていいと思っていた。
海係りがやったことを周りがほめるのはいいことだが、山係りは違う。
褒められたら格好が悪い。
周りから褒められるようになったら、男じゃない。
今でもそう思っているから、私は時代遅れに違いない。

仕事が終わり、駅に向かっていると、電話がかかってきた。
町内会の会長からだ。
私は現在、町会の班長を引き受けている。
町内に年寄りが増え、役目のできない住人が多くなる。
そのせいで、十年に一度すればいいはずの班長の役目が、しょっちゅう回ってくる。
「来月の夏祭り、毎回おんなじ仕事だけど、やってもらえるかな」
「ええと、なんでしたっけ」
「ほら、ガードマン」
「ああ、そうでした。入口近くで涼んでいればいいんですよね」
「いつも悪いね、なんか差し入れ持っていくから。その代り、今週の会議は無理だったら出なくてもいいよ」
「助かります。仕事で休日出勤しなきゃいけないんで。皆さんによろしくお伝えください」
「こちらこそ。あんたがあそこで若い兄ちゃんたちに注意してくれるから、どんなに助かっているかわからんよ」
「いえいえ。注意なんかしていないですよ。今日は祭りだからってちょっと言うだけです」
町会長は年寄りで、電話が長い。
電話を切るわけにもいかず、私は渡ろうとしていた交差点から離れ、立ち止まった。
夕暮れの交差点は、帰宅途中の勤め人ですぐにいっぱいになる。
都会の交差点は、私の育った村の全員が集まったくらいの集団がすぐにできる。
すごいものだ。
彼らの頭の上には美しい夕焼けがある。
天気が良ければ、夕焼けはどこにいてもやってくる。
ただ、空を見上げる人はいない。
もったいないものだと思うが、私だって、電話を切るタイミングを探していなかったら、彼らと同じだ。
私は夕焼け雲を見上げる。
茜色に染まったその先に、いまだに山係りがいるように思えてくる。